問10『やりたいことがわからない』

下級戦士である孫悟空が、エリート戦士であるベジータを倒す。

 

そんな王道ストーリーは、世の中に溢れかえっていて、結局、みんな、弱者が強者を倒すという構図が好きなんだなぁって感じる。

 

圧倒的な才能に憧れながらも、努力して這い上がり才能を超える。そんな過程が好きなんだ。

 

努力して這い上がり才能を超える。

 

そんなシステムが社会にはあまり機能していないから、そう感じてしまうのではないかとふと思う。

 

しかし、それも昔の話。

 

機会の平等が与えられる社会。コレはもうほとんど実現しているといっても過言ではない。インターネットの普及がそれを可能にしてくれた。

 

努力して這い上がり才能を超える。

 

その努力する機会も与えられ、努力するための環境も整備されている。しかし、なぜかみんな息苦しさを感じている。

 

周りを見渡してみると、努力する方向性がわからない。ココがポイントのような気がする。

 

自分は何がしたいのか、何ができるのか、それがわからない。

 

コレに関しては、スティーブ・ジョブズスタンフォード大学でのスピーチに答えがある。

 

未来に先回りして点と点をつなげることはできない。君たちにできるのは過去を振り返ってつなげることだけなんだ。だから点と点がいつか何らかのかたちでつながると信じなければならない。自分の根性、運命、人生、カルマ、何でもいいから、とにかく信じるのです。歩む道のどこかで点と点がつながると信じれば、自信を持って思うままに生きることができます。たとえ人と違う道を歩んでも、信じることが全てを変えてくれるのです。

 

コレは有名な「点と点をつなぐ」話。結局、未来はわからないから、未来になってから過去を振り返り、過去の産物をつなげていく。大切なのは、今目の前のことに全力を傾けること。この積み重ねが、才能を超えるストーリーを紡ぎ出す。

問8『やる気』

僕はやる気を信用していない。やる気は不安定だ。やる気が出ることなんてほとんどないから、とりあえず行動して習慣化するしかない。

 

習慣化するために大切なのは快適な環境を整えること。快適な環境が習慣化を生み、やる気に左右されない行動力を生む。

問6『死』

死はすべての人の終着点であり、誰も逃れたことはないし、今後もそうあるべきである。

なぜなら、死は生命の最大の発明なのだから。死は古き者を消し去り、新しき者への道をつくる。ここでの「新しき者」は君たちのことです。
しかし、そう遠くないうちに君たちも「古き者」となり消えてゆきます。大袈裟ですみません、しかし紛れもない事実です。

あなたの時間は限られています。無駄に他人の人生を生きないこと。ドグマに囚われないでください。それは他人の考え方に付き合った結果にすぎません。他人の雑音で心の声がかき消されないようにしてください。そして、最も大事なのは自分の直感に従う勇気を持つことです。直感とは、あなたの本当に求めることをわかっているものです。

 

スティーブ・ジョブズスタンフォード大学の卒業式で行ったスピーチで、死について語っていた。

 

「死」とは、生命の最大の発明であり、古き者を消し去り、新しき者への道をつくる。

 

何て独創的な視点だ。破壊と創造は一体だ。

問5『人付き合いで大切なこと』

人付き合いで大切なことは、来るもの拒まず去るもの追わずだと思っている。

 

ご機嫌でいることは最大の礼儀だ。だから、僕は来た人にとても丁寧に接する。しかし、去る者にはそれ相応の対応しかしない。去る者と無理に関わる必要はない。相手もそれを望んでいるだろう。

問4『人生』

人生とは何なのかを問われると、僕は平家物語の冒頭だといつも言う。

 

祗園精舎の鐘の声、
諸行無常の響きあり。
娑羅双樹の花の色、
盛者必衰の理をあらはす。
おごれる人も久しからず、
唯春の夜の夢のごとし。
たけき者も遂にはほろびぬ、
偏に風の前の塵に同じ。

 

現代語訳するとこうなる。

 

祇園精舎の鐘の音には、諸行無常、すなわち、この世のすべての現象は絶えず変化していくものだという響きがある。
沙羅双樹の花の色は、どんなに勢いが盛んな者も必ず衰えるものであるという道理をあらわしている。
世に栄え得意になっている者も、その栄えはずっとは続かず、春の夜の夢のようである。
勢い盛んではげしい者も、結局は滅び去り、まるで風に吹き飛ばされる塵と同じようである。

 

時代の篩にかけられても残っているものには本質がある。古典を学ぶ意味はそこにある。